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一度司法書士を離れ、海外に出た私が、もう一度この仕事を選んだ理由― 離れたからこそ分かった、司法書士という仕事の価値 ―

岐阜県関市で司法書士をしております、ゾンマーフェルト絵理香と申します。私は平成24年度司法書士試験に合格し、都内の事務所や法人で実務経験を積んだ後、一度司法書士登録を抹消して海外(イギリス・ドイツ)へ渡りました。そして帰国後の令和7年、地元である岐阜県関市にて開業いたしました。

「せっかく取った難関資格を、なぜ手放してまで海外へ?」 そう聞かれることも少なくありません。
ですが、一見遠回りに見えるこの数年間こそが、今の私の揺るぎない仕事の軸を作ってくれました。

今回は、キャリアの断絶に不安を感じている方や、今の働き方に迷いがある方に向けて、社会人経験ゼロから始まった私の歩みと、海外での経験がもたらしてくれた「新しい視点」について詳しくお話ししたいと思います。

合格という「スタート地点」に立って、初めて見えた景色

私の司法書士としての歩みは、大学4年生の時に始まりました。 同級生たちが次々と内定を得て社会人になっていくなか、私は一人、机に向かって試験勉強に打ち込む日々。
卒業から1年後、平成24年度にようやく合格を掴み取ることができました。

当時の私にとって、合格は決してゴールではなく、あくまで「プロとしてのスタート地点」に立ったという認識でした。これから実務の世界で、一から専門家としてのキャリアを築いていくのだという思いを胸に、都内の司法書士事務所や法人の門を叩きました。

しかし、いざ実務の世界に飛び込んでみると、そこには実務知識以前に学ぶべき「社会人としての基礎」が山ほどありました。
ビジネスメールの作法や電話対応、さらにはコピーの取り方に至るまで。
社会人経験ゼロでスタートした私にとって、それらは司法書士業務と並行して必死に吸収すべき大切なスキルでした。「先生」と呼ばれる立場にありながらも、現場では一歩ずつ、社会人としての土台を固める毎日。
プロとして身につけるべきことの多さを実感する、身の引き締まるような日々を過ごしていました。

周囲のサポートを受けながら、日々の業務を通じて着実に成長していく手応えを感じていました。数年が経つ頃には一通りの登記実務を任されるようになり、専門職としての自信もつき始めていました。

しかし、仕事に慣れてくるにつれ、心の中に一つの想いが芽生え始めました。もともと漠然とではありますが「いつか海外で生活してみたい」という願いをずっと持っていたからです。

「このまま慣れゆく場所で同じ仕事を続けるのではなく、一度外の世界を知らなければ、本当の意味でお客様の人生に寄り添う専門家にはなれないのではないか」 その想いが、私を次なる挑戦へと突き動かしました。

司法書士登録を抹消。それは「捨てる」のではなく「広げる」決断

そんな時、2017年(平成29年)、イギリスのYMS(ワーキングホリデー)ビザの当選という転機が訪れました。

「今、行かなければ一生後悔する。今の自分を一度壊して、外の世界を見てみたい」 そう確信した私は、周囲の驚きの声を押し切り、司法書士登録を抹消して日本を離れることにしました。

もちろん、怖くなかったわけではありません。築き始めたキャリアを一時的にストップさせる不安もありました。
しかし、当時の私にとって登録抹消は、キャリアを捨てることではなく、自分の可能性を「広げる」ための前向きな決断でした。

「司法書士という資格は、一度離れても、本当に必要ならまたいつでも戻ってこられる最強のパスポートだ」 社会人としての基礎を教えてくれたこの資格を信じ、私は念願だった海外へと飛び立ちました。

司法書士登録を抹消して、あえて「異業種」へ

海外では、当然ながら日本の国家資格は通用しません。
そこで私は、あえて「司法書士ではない仕事」に身を置くことにしました。

まずイギリスでは不動産営業に携わりました。
その後ドイツへ渡り、ゼネコンでヨーロッパ全体の設計建設プロジェクト管理を改善するポジションに就きました。
これら全ての選択に共通していたのは、「いつか日本で司法書士に戻ったときに活かせる業界や経験を得る」という戦略的な視点でした。

「英語必須」という逃げ場のない環境での試練

語学に関しても、私はあえて自分を厳しい環境に追い込みました。
語学学校に通うよりも、仕事の現場で直接使う方が上達が早いと考え、英語必須の環境を選んだのです。

しかし、現実は甘くありませんでした。特にイギリスの不動産営業の現場では、自分の英語力の未熟さを痛感する日々が続きました。
ある時、大家さんから「あなたの英語は通じないから、他の人に代わってほしい」とはっきり告げられたこともあります。プロとして仕事を任せてもらえない悔しさは、今でも忘れられません。

それでも、逃げ場のない環境だったからこそ、生活と仕事の中で少しずつ、英語を単なる知識ではなく「使えるツール」として身につけていきました。この時、必死に食らいついた経験が、現在の英語対応業務の土台となっています。

「専門性の空白」への焦りと、手に入れた新しい武器

正直に言うと、海外にいる間、日本で着実にキャリアを積み、専門性を深めていく同期たちの姿を見て、焦りを感じることもありました。
「自分だけが登記実務から離れ、知識が風化していくのではないか」「この選択は正しかったのか」と不安になる夜もありました。

しかし、実務から離れていた時間は、決して無駄ではありませんでした。
特にドイツでのプロジェクト管理業務では、Word中心だった司法書士業務とは全く異なる視点を得ました。
資料の翻訳やプロジェクト進行表の作成など、Excelを使って業務を構造化し、可視化するという発想です。

今では生成AI等のテクノロジーで補える部分も増えていますが、根本的な「業務をどう整理し、効率化するか」という思考プロセスは、海外の異業種現場で叩き込まれた大きな財産です。
また、ドイツの合理的な労働環境を体験したことも、自身の働き方や価値観を再構築するきっかけとなりました。

「外国人」として手続きに苦労した経験が、今の軸に

海外生活において、私は常に「外国人」というマイノリティの立場でした。ビザの申請、住居の確保、銀行口座の開設、そして煩雑な行政手続き。言語の壁に阻まれ、制度の違いに戸惑い、手続き一つひとつに多大な労力を費やしました。

その時に感じた不安や不便さは、今日本で暮らす、あるいは日本に進出しようとする外国の方々が抱く感情と全く同じものです。
「日本で、外国人を英語でサポートできる手続きの専門家でありたい」この想いは、単なる形式的な書類作成を超え、お客様の背景にある事情や不安を丸ごと理解して支えたいという、今の私の揺るぎない信念となりました。

岐阜県関市から「世界」と繋がる働き方

昨年9月にドイツから帰国し、令和7年、私は地元である岐阜県関市で開業しました。

「なぜ、地方で?」と聞かれることもありますが、今の時代、物理的な距離は大きな制約にはなりません。
もちろん、登記業務には書類の原本郵送などアナログなやり取りが欠かせませんが、お客様との面談や打ち合わせ、日々のコミュニケーションはオンラインでどこにいても可能です。

私は関市を拠点に、Zoomやメール、そして海外で学んだITスキルや生成AIを駆使して、世界中にいらっしゃるお客様と繋がっています。
地方の穏やかな環境に身を置きながら、英語という武器を持って世界と仕事をする。これこそが、一度外の世界を見たからこそ確信できた、私なりの「新しい司法書士のカタチ」です。

実は、私にはもう一つ描いている未来があります。それは将来的に、大好きな沖縄へ拠点を移すこと。

たとえどこへ移り住んでも、郵送やオンラインツールを活用する今のスタイルがあれば、大切なお客様との繋がりを維持したまま、自分らしい生活を送ることができる。
そんな風に、ライフステージに合わせて拠点を選べる柔軟さを持てるのも、この働き方の魅力だと思っています。

現在の注力分野と、提供したい価値

現在は、自身の海外経験と語学力を最大限に活かし、特に以下の分野で「言語の壁を感じさせないサポート」に力を入れています。

  • 日本へのビジネス進出を目指す外国人・海外企業のパートナーとして 単なる「設立登記」や「法人登記」の手続き代行に留まらず、日本進出の第一歩を法務面から支える伴走者でありたいと考えています。
  • 外国人の日本での不動産購入や相続登記のサポート 私自身が海外で「外国人として手続きをする側」の苦労を経験したからこそ、不動産購入や相続という人生の大きな節目において、英語で直接コミュニケーションが取れる安心感を提供していきます。

書類の向こう側にいる「人」の状況を丸ごと理解し、手続きの先にある不安を解消できる司法書士。それが、私が目指しているプロフェッショナルとしての姿です。

最後に:キャリアは一本道でなくていい

この記事を通して一番お伝えしたいのは、「一度離れても、また戻ってきていい」ということです。

特に女性の場合、結婚、出産、あるいは私のように海外への挑戦や家族の事情など、キャリアが直線的に進まない場面も多いでしょう。
しかし、司法書士という資格は、人生のフェーズが変わっても、再び専門職として社会に戻ることを可能にしてくれます。

私自身、その「保険」があったからこそ、海外という未知のフィールドに挑戦することができました。遠回りに見えた海外経験は、今の私の仕事の軸を、確実につくってくれました。

キャリアは一本道である必要はありません。離れたからこそ見える景色、一度外に出たからこそ得られる独自の強みが、必ずあります。
この経験談が、かつての私のように、一歩踏み出すことに不安を感じている誰かの背中を、そっと押すことができれば幸いです。

【執筆者紹介】

司法書士 ゾンマーフェルト絵理香
司法書士事務所N&E代表
事務所HP
X(@ErikaNandE_Law)

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