目次
はじめに
司法書士の合格者の中には司法書士事務所での勤務経験なしで開業するいわゆる“即独”の方もいますが、合格前から補助者として既に勤務していたり、これから初めて司法書士事務所に就職するという方が多いと思われます。
その場合、司法書士法人や個人事業主である司法書士に雇用されて働くということになるわけですが、現在の就業環境や募集要項の適否については、なかなかその判断がつかないものです。また、司法書士を含む士業事務所は、一般企業よりもさらに労務コンプライアンスが不適切な度合いが高いと言われることもあります。
そこで、既に司法書士として勤務している方には改めて確認すべき事項として、これから司法書士として就職する方(未登録者も含む。)には事務所選びの注意事項として、最低限知っておくべき労働条件を説明いたします。
また、ご自身が独立開業して司法書士や補助者を雇用することになった際に必ず必要となるものです。
まずは、現在の勤務状況を振り返るために、又は、直近の就職のためにざっくり読んでいただくこととして、時間がある時に条文にあたりながら再度読んでいただきたいという思いから、説明文に根拠法令等名・条項番号を付記しました。
労基法・・・労働基準法
労基則・・・労働基準法施行規則
安衛法・・・労働安全衛生法
安衛則・・・労働安全衛生規則
発基・・・・労働基準局関係の厚生労働事務次官名通達
「雇用契約」と「労働契約」は正確にはその概念について相違がありますが、ここでは同じだと考えてください。
各法令の条文を参考にしていますので、同じ当事者の場合でも、例えば「使用者」「事業者」「事業主」のように、統一せずにそのまま記載しています。
入所の際は「労働条件通知書」を交付してもらいましょう
司法書士試験に合格した方なら当然に知っていることと思いますが、雇用契約は司法書士事務所と勤務司法書士(未登録者を含む。)双方の合意があれば、口頭でも成立します(民法623条、諾成契約)。
民法の特別法である労働基準法及び労働契約法においても、書面によるべき旨の規定はありません。
しかし、労働基準法において、使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して以下の労働条件を明示しなければならない旨が規定されており(労基法15条1項前段、労基則5条1項)、四角で囲んだ①から⑥までのものについては、書面で交付することが義務づけられています(労基法15条後段、労基則5条3項・4項)。
この書面は一般的に「労働条件通知書」といわれていますが、書式は法定されていません。
② 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準
③ 就業する場所、従事する業務の内容
④ 始業・終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、交代制で勤務させる場合の就業時転換に関する事項
⑤ 賃金(退職手当及び⑨に掲げるものを除く。以下同じ。)の決定、計算、支払いの方法、賃金の締め切り、支払いの時期に関する事項
⑥ 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
⑦ 昇級に関する事項
⑧ 退職手当の定めがある場合 ア)適用される労働者の範囲、イ)退職手当の決定、計算・支払いの方法、ウ)退職手当の支払いの時期
⑨ 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与。最低賃金額を定める場合は、これに関する事項
⑩ 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる場合は、これに関する事項
⑪ 安全・衛生に関する定めをする場合は、これに関する事項
⑫ 職業訓練に関する定めをする場合は、これに関する事項
⑬ 災害補償、業務外の傷病扶助に関する定めをする場合は、これに関する事項
⑭ 表彰・制裁の定めをする場合は、これに関する事項
⑮ 休職に関する事項
労働条件通知書の交付を受けるタイミングは、労働契約を締結する際です。交付されなかった場合は、すぐに所長(又は代表者社員)に交付するよう求めましょう。
上記の①から⑥の書面により明示すべき労働条件の内容は、労働条件通知書の交付の代わりに雇用契約書の中に盛り込まれている場合もありますので、よく読むようにしましょう。
実際の労働条件通知書のモデルは、厚生労働省のホームページで公開されています。
見たことがない方は、是非確認してみてください。 ※リンク先は「一般労働者用;常用、有期雇用型」のPDF。
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/keiyaku/kaisei/dl/youshiki_01a.pdf
ミスしたら罰金を払うというルールはあり?
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約はしてはならないことになっています(労基法16条)。例えば、不文律であってもあらかじめ以下の例のようなルールを作ることは、この規定に抵触すると考えられますので、応じる必要はありません。
例:失敗貯金箱(ケアレスミスをしたらお金を貯金箱に入れる)の設置
○日まで資料の作成ができなかったら次の懇親会で全員分の会費を全額負担する
取下げ1回につき○千円、補正1回につき△千円を給与から減額する
完了書類や返却書類の紛失1件につき○万円を徴収する
立会でミスをした場合は・・・・・・(怖くて書けません。)
ただし、この規定は、賠償の金額を予定することを禁止するのであって、現実に生じた損害について賠償を請求することを禁止する趣旨ではありません(昭和22.9.13発基17号)。
また、遅刻、無断欠勤等の労働者の債務不履行に関しては、就業規則の規定による懲戒権の行使として減給処分をすることは可能です。その際の減給は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が1賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならないことになっています(労基法91条)。
賃金支払いの原則を知っていますか?
賃金は、原則として①通貨で、②直接労働者に、③その全額を、④毎月1回以上、⑤一定期日を定めて、支払われないといけないことになっています(労基法24条)。
そして、賃金の最低基準は、最低賃金法に定められており(労基法28条)、厚生労働省や労働局のホームページに掲載されていますのでチェックしましょう。
法定労働時間・法定休日が最も大事な労働条件の一つ
司法書士事務所の場合、原則どおり、労働者に休憩時間を除き1週間について40時間を超えて労働させてはいけないことになっています(労基法32条1項、1週間の法定労働時間)。1日の法定労働時間は、休憩時間を除いて8時間までです(労基法32条2項)。
時季によって繁閑がある業種や顧客に合わせて土日も営業する業態もあり、そのような場合は、労働基準法に定められた「変形労働時間制」を採用するなど企業ごとに工夫する必要がありますが、司法書士事務所のほとんどは、法務局や裁判所の休日に合わせて土日を所定休日(完全週休二日制)にしていると考えられるので、1日の所定労働時間が休憩を除いて8時間以内であれば、法定休日(労基法35条)とともに法定労働時間の規定は守られていることになります。
完全週休二日制ではなく、変形労働時間制も採用していない場合は問題があるかもしれません。
サービス残業と無制限な長時間労働はもってのほか
使用者は、どうしても法定労働時間を超えて労働させる必要がある場合には、労働基準法第36条に定める書面による協定(いわゆる「36協定」)を労働者の過半数で組織する労働組合等との間で締結して労働基準監督署長へ届け出る必要があります。
その上で、使用者は、1日8時間(休憩時間を除く。)を超えて労働させた場合(以下「時間外労働」という。)又は午後10時から午前5時までに労働させた場合(以下「深夜労働」という。)は通常の賃金の2割5分以上の割増賃金(※1)、法定休日(1週間に1回又は4週間を通じて4日以上付与する必要があります。労基法35条)に労働させた場合(以下「休日労働」という。)は通常の賃金の3割5分以上の割増賃金を支払わなければなりません(労基法37条1項本文・4項、労働基準法37条第1項の時間外及び休日の割増賃金に係る最低限度を定める政令)(※2)。
※1 1か月60時間を超える時間外労働については、通常の賃金の5割以上(労基法37条1項ただし書)。中小企業は令和5年4月1日施行。
※2 「時間外かつ深夜」の場合は5割以上、「休日かつ深夜」の場合は6割以上の割増賃金を支払わなければなりません。
なお、使用者は、36協定があり割増賃金を支払いさえすれば、何時間でも働かせてよいわけではありません。
時間外労働(休日労働を含まない。)の上限は、原則として月45時間・年360時間で、臨時的な特別の事情がなければ、これを超えることはできません(労基法36条4項)。臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも、
① 時間外労働が年720時間以内
② 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
③ 時間外労働と休日労働の合計について「2か月平均」「3か月平均」「4か月平均」「5か月平均」「6か月平均」が全て1月当たり80時間以内
④ 原則である月45時間を超えることができるのは年6か月まで
とする必要があります(労基法36条5項・6項)。
次回は「固定残業代制、年次有給休暇、職場の健康診断、パワハラ、社会保険と労働保険」について、お話しいただきます。
明日、配信予定です。