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簡裁代理認定考査の設問から「要件事実」の文字が消えた

簡裁代理認定考査は、平成15年に始まりましたが、それ以来一貫して同じ文言が用いられてきた設問が、令和6年になって、その文言に変更があったことを、みなさんはご存知でしょうか。

それは、「請求原因の要件事実を記載せよ。」という設問です。
これが、令和6年に「請求を理由づける事実を記載せよ。」に変わりました。
要件事実という言葉を使うのをやめ、「請求を理由づける事実」という民事訴訟規則53条1項に根拠のある用語を用いることにしたのです。

簡裁代理認定考査は、簡裁の訴訟代理権を付与するための公式な試験ですから、できる限り法令上の根拠のある用語を使用すべきです。
これまでは「請求原因の要件事実」という表現をしてきましたが、「要件事実」という用語は、法令上の根拠がなく、法令中で用いられたこともありません。

それどころか、「要件事実」という言葉は、その定義に争いがあり、見解が大きく分かれています。
例えば、免除の抗弁を例にすると、「債権者が債務者に対し免除の意思表示をしたこと」という抽象的な法律要件が要件事実であるとする見解がある一方で、この要件に当てはまる具体的な事実、例えば、「被告は、原告に対し、令和7年4月10日、当該債務を免除するとの意思表示をした。」という事実が要件事実であるとする見解もあります。

民訴法学者は一致して前者の見解に立っていますが、これまでの簡裁代理認定考査は後者の見解に立っていました。
「請求原因の要件事実を記載せよ。」という設問に対し、請求原因の構成要件である抽象的な要件を記載してしまうと不正解となり、当該事案から具体的な事実を拾ってそれを記載しなければならなかったのです。

つまり、民訴法学者が簡裁代理認定考査を受験していたら、この問題で不正解になっていたのです。

裁判文書、契約書等の作成の際にも、用語の選択に迷うことがあると思います。
まずは、法令上の根拠のある用語を最優先で用いることにし、それがないのであれば、いわゆる「講学上の用語」を用います。その分野の研究者らが長年にわたり慣用的に用いてきたことで、その意義が一つに固定したものです。それもなければ、国語辞典などで一般的な意味を調べるしかありません。

簡裁代理認定考査では、こういう作業をすることなく、これまで、安易に「要件事実」という用語を使ってきてしまったものですが、令和6年になって、ようやくそれが改められました。

我々は、これを他山の石として、日々の業務においても、根拠を明らかにすることができる用語のみを用いて、正確な裁判文書、契約書等を作成するよう努めていきたいものです。

【執筆者紹介】

【執筆者紹介】
岡口基一(おかぐち きいち)
伊藤塾専任講師(元東京高裁判事)
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【著書】
「民事訴訟マニュアル:書式のポイントと実務」 上・下(ぎょうせい)
「要件事実問題集」(商事法務)

<要件事実マニュアル[第7版]>
第1巻 総論・民法1(ぎょうせい)
第2巻 民法2(ぎょうせい)
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「民事執行マニュアル」上・下(ぎょうせい)
「裁判官! 当職もっと本音が知りたいのです。」(学陽書房)

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