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固定残業代制は労働者にメリットがない?
固定残業代とは、その名称にかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金のことです。
使用者は、固定残業代制を採用する場合は、募集要項や求人票などに次の①~③の内容の全部を明示する必要があります(青少年の雇用機会の確保及び職場への定着に関して事業主、特定地方公共団体、 職業紹介事業者等その他の関係者が適切に対処するための指針 第二の一(一)へ)
① 固定残業代を除いた基本給の額
② 固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
③ 固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨
毎月、固定残業時間(固定残業代の範囲の時間外労働の労働時間数をいう。以下同じ。)に収まっている場合には、従業員にとっては給与の若干の増額になることがあるというメリットがあります。
しかし、法定された制度ではないため、ブラック企業によって悪用されることがあるトラブルの多い残業代の支給方法でもあります。固定残業代制を採用しさえすれば、固定残業時間を超えて労働させているにもかかわらずその分は無報酬でもよいと勘違いしている使用者もいると思われます。また、残業代の多い月と少ない月を平均して金額固定する制度でもありません。
固定残業時間を上回るときは、その差額を割増賃金の追加分として当該賃金の支払期に支払う必要があります。逆に、固定残業時間を下回る場合でも減額してはならないことになっています。
募集要項や求人票に「固定残業代」と書いてある場合には、まず、固定残業時間を超える残業はあるのか、その固定残業時間を超えた残業に対して実際に割増賃金を追加で支払ってくれるのかを確認する必要があります。既に勤務している方は、そのような残業がある場合には割増賃金を請求するようにしてください。
年次有給休暇の付与は使用者の厚意によるもの?
業種や業態にかかわらず、また、正社員やパートタイム労働者などの区分に関係なく(もちろん勤務司法書士や補助者、事務局長などの区分にも関係なく)、労働者には、その雇入れの日から①6か月間継続勤務し、②全労働日の8割以上出勤した場合、年次有給休暇を取得する権利が付与されます(労基法39条1項)。
通常の労働者の付与日数(労基法39条1項・2項)
週所定労働日数が4日以下かつ週所定労働時間が30時間未満の労働者の付与日数(労基法39条3項、労基則24条の3)
年次有給休暇を取得する日は、労働者が指定することによって決まり、使用者は指定された日に年次有給休暇を与えなければなりません。ただし、労働者の指定した日に年次有給休暇を与えると事業の正常な運営が妨げられる場合は、使用者に休暇日を変更する権利(以下「時季変更権」という。)が認められています(労基法39条5項)。
この時季変更権は、単に「業務多忙だから」という理由では認められません。
そして、使用者は、法定の年次有給休暇が10日以上のすべての労働者に対し、毎年5日間、年次有給休暇を時季の指定をして確実に取得させる義務があります(労基法39条7項)。
年次有給休暇は、法律で定められた労働者の権利です。使用者の厚意によって与えられるものではなく、使用者は、年次有給休暇の取得を禁止したり、年次有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額など不利益な扱いをしてはならないことになっています。
職場の健康診断とは?
事業者は、労働者に対して、医師による健康診断を実施しなければならないことになっています(安衛法66条1項)。また、労働者は、事業者が行う健康診断を受けなければなりません(安衛法66条5項)。
司法書士事務所の勤務司法書士が対象となる健康診断は以下のとおりです。
① 雇入れ時の健康診断(安衛則43条)・・・雇入れの際
② 定期健康診断(安衛則44条)・・・1年以内ごとに1回
司法書士を含む士業事務所だけではなく、一般的に小規模事業所では雇入れ時の健康診断はもとより、定期健康診断すらも実施していないところが多いものと考えられます。
また、事業者が実施しているにもかかわらず面倒だからといって定期健康診断を受けない労働者もいます。もし、採用された事務所が定期健康診断を実施していない場合には、所長(又は代表社員)がこの規定の存在を知らない可能性もありますので、確認してみるとよいでしょう。実施している場合は、必ず受けるようにしてください。
パワハラがあれば即ブラック事務所認定!
職場におけるパワーハラスメントとは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすものをいいます。
なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しません。
なお、①の「優越的な関係を背景とした」言動とは、業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が行為者とされる者(以下「行為者」という。)に対して抵抗や拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指します。
司法書士事務所において行為者になり得る者としては、所長(又は社員)や先輩の勤務司法書士のほかに、お互いの年齢に関係なく以下の場合には補助者も該当します。
・同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの
職場におけるパワーハラスメントの状況は多様ですが、代表的な言動の類型としては、次の6つの類型があります。なお、これらの例は限定列挙ではありません。
身体的な攻撃
蹴ったり、殴ったり、体に危害を加えるパワハラです。これは論外です。
例:殴打、足蹴りを行う。
相手に物を投げつける。
机を叩く。
精神的な攻撃
脅迫や名誉毀損、侮辱、ひどい暴言など精神的な攻撃を加えるパワハラです。
例:罵声を浴びせる。
人格を否定するような言動を行う。
必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行う。
他の労働者の前で、大声で威圧的な叱責を繰り返し行う。
人間関係からの切り離し
隔離や仲間外れ、無視など個人を疎外するパワハラです。代表的ないじめのパターンです。
例:特定の勤務司法書士を仕事から外し、長時間別室に隔離する。
1人の勤務司法書士に対し、同職や補助者が集団で無視をし、職場で孤立させる。
過大な要求
業務上明らかに不要なことや遂行不可能な業務を押し付けるパワハラです
例:実務未経験の新人司法書士に何ら教育・訓練を行わないまま、そのままでは到底対応できないレベルの登記申請の業務を命じ、達成できなかったことに対し、厳しく叱責し、又は執拗に嫌みを言う。
司法書士業務とは関係のない私用な雑用の処理を強制的に行わせる。
過小な要求
業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じたり、仕事を与えないパワハラです。
例:修行と称して新人司法書士に収入印紙の貼付のみをさせる。
補正の多い年配司法書士を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせる。
気に入らない勤務司法書士に対する嫌がらせのために仕事を与えない。
個の侵害
私的なことに過度に立ち入るパワハラです。
例:勤務司法書士を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりする。
勤務司法書士の機微な個人情報について、本人の了解を得ずに他の同職や補助者に暴露する。
職場にはパワーハラスメントのほかにセクシャルハラスメントや妊娠・出産・育児休業等ハラスメントもあります。もちろん行為者や所長(又は代表社員)と話し合って解決できればそれが一番よいのですが、それもなかなか難しいと思います。一人で悩まずに誰かに相談するようにしましょう。
以下は、厚生労働省のホームページに掲載されているハラスメントがあった際の対処方法と相談窓口に関する情報です。是非参考にしてください。
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/worry/action/
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/inquiry-counter
司法書士事務所の社会保険と労働保険
司法書士事務所の勤務司法書士に関する社会保険と労働保険の加入の義務や可否について説明します。
健康保険・厚生年金保険(社会保険)
① 法人の事業所(学校法人を除く。)、②法定16業種(サービス業の一部、農林業、水産業、畜産業、士業などの事業所は対象となりません。)で従業員を常時5人以上使用している個人の事業所は、健康保険・厚生年金保険の適用事業所となります。
これを強制適用事業所といい、司法書士事務所の場合は司法書士法人がこれに該当します。個人事務所の場合は、従業員を常時5人以上使用していても現在のところは(※)強制適用事業所にはなりません。個人事務所の勤務司法書士は、原則として住所地の市町村において国民健康保険に加入したままで、国民年金保険についてもそのまま第1号被保険者として継続します。
なお、個人事務所であっても、従業員の半数以上が適用事業所となることに同意し、事業主が申請して厚生労働大臣の認可を受けることにより適用事業所となることができます(任意適用事業所)。
※ 令和4年10月1日から従業員を常時5人以上使用する士業の個人事務所も強制適用事業所になります。
雇用保険(労働保険)
雇用保険においては、労働者を雇用する事業は、その業種、規模等を問わず、すべて適用事業であり、当然に雇用保険の適用を受けます。労働者を1人でも雇っていれば雇用保険の加入手続が必要となります。
その司法書士事務所が司法書士法人であるか個人事務所であるか、勤務司法書士及び補助者が何人以上いるかなどの要件はありません。
労働者災害補償保険(労働保険)
事業主は、労働者を1人でも雇っていれば労働者災害補償保険の加入手続が必要となります。
これも、その司法書士事務所が司法書士法人であるか個人事務所であるか、勤務司法書士及び補助者が何人以上いるかなどの要件はありません。
結びに代えて
少し詳細な部分もありましたが、以上が勤務司法書士として最低限知っておくべき労働条件です。このほかにも、就業規則、解雇・退職、懲戒規定、競業避止規定、休憩、始業・終業時の労働時間の管理方法など使用者と労働者の間でトラブルとなり得る論点はまだまだありますが、別の機会にご紹介したいと思います。