第1 前提
司法書士業務の本質は、実体法の権利義務関係を前提とした適法な登記申請を行い、さらには登記法が定める手続を適切に選択・履践する点にあり、単に形式的に揃った書類をもとに登記申請書を代書するにとどまるものではありません。
したがって、司法書士は、司法書士業務において、登記に結びつく法律構成に必要な法律知識を具備しているといえ、それを背景に司法書士による訴訟書類作成業務や、契約書その他の書類作成業務(以下「契約書類作成業務」といいます)の権限があるとされています。
このうち、契約書類作成業務の根拠については諸論あるところですが(※1)、本稿では、それらの議論を踏まえて、契約書類作成業務を、訴訟書類等と同列のものとして、司法書士の固有業務であることを前提にします。
もっとも、その範囲は無限ではありません。そこで、本稿では、契約書類作成業務の、弁護士法72条との関係に基づく限界について、著名な裁判例をもとに検討します。
(※1)七戸克彦「市民と法No102/2016.12」「司法書士の業務範囲(5):司法書士法3条以外の法令等に基づく業務(1)」32頁)など。同論稿の他にも、司法書士法3条を根拠にする見解や、同法29条及び同法施行規則31条を根拠にする見解もある。他方で、司法書士の権利義務文書作成そのものを否定する裁判例はみあたらない。
第2 裁判例の検討
高松高判昭和54・6・11
(1) 本裁判例においては「司法書士が行う法律的判断作用は(中略)依頼者の要望の内容を正確に法律的に表現し、司法の運営に支障を来たさない限度で、法律的、常識的な知識に基づく整序的な事項(筆者注:これを以下「法的整序」といいます)に限つて行われるべきもので、それ以上専門的な鑑定に属すべき事務に及んだり、代理その他の方法で他人間の法律関係に立ち入る如きは司法書士の業務範囲を越え」るものと判示されています。
(2) 本裁判例は「司法書士が行う法律的判断作用」を、法的整序の範囲でのみ容認しているものと見ることができます。ここでの「法律的判断作用」は、直接には訴訟関係書類に懸っているものではありますが、後述のとおり、契約書類作成業務にもかかると見るのが妥当と考えます。
富山地裁平成25・9.10
(1) 本裁判例においては「いかなる趣旨内容の書類を作成すべきかを判断することは、司法書士の固有の業務範囲には含まれないと解すべきであるから、これを専門的法律知識に基づいて判断し、その判断に基づいて書類を作成する場合には同条違反となる」と判示されています。
(2) 本裁判例は、訴訟追行全般についての事案ですが、その中では依頼人名義の書面を作成して裁判所に提出した行為も問題になっています。すなわち、他人から書面作成を嘱託された場合に「専門的法律知識に基づいて判断し、その判断に基づいて書類を作成」する行為を違法としたものであり、「法的整序」を超えた書類作成等を弁護士法72条違反とした点で、前記高松高裁と共通項を有するものと考えられます。
第3 まとめ
1 以上をまとめると、
(1) 前記高松高判において「司法書士が行う法律的判断作用」が「法的整序」の範囲に及ぶ理由を「弁護士は通常包括的に事件の処理を委任されるのに対し、司法書士は書類作成の委任であること、前述のように訴訟関係書類の作成が弁護士業務の主要部分を占めているのに対し、司法書士の業務は沿革的に見れば定型的書類の作成にあったこと、以上の相違点は弁護士法と司法書士法のちがい特に両者の資格要件の差に基くこと、並びに弁護士法72条の制定趣旨」という、弁護士と司法書士の根源的な業務内容・資格取得要件の違いに求めていること、
(2) 明文で認められている裁判書類作成業務ですら上記高松高裁判決や富山地裁判決では「法的整序(に限る)」または「専門的判断(に基づく書類作成は違法)」とする縛りがかかっていること、
(3) 司法書士の契約書作成業務は、司法書士法及び司法書士法施行規則の明文ではなく、前述のとおり、解釈に基づいて正当化されているにとどまること、
(4) 実際、権利義務関係書類作成を明文で認められた行政書士においても、「法的整序」の枠をこえて違法とされた裁判例が存在する(※2)ことを勘案すると、「法的整序」「専門的判断」は、契約書類作成業務の限界点として、意識しておいたほうがよいということになると思料します。
2 以上の点から、「法的整序」あるいは「専門的判断」を超えるような契約書類作成については、弁護士法上、制限されるものとみるほかなく、これを超えた書類作成を正当化するには、法改正などを経るほかないと考えます。
以上
(※2) 大阪高裁平成26・6・12、福岡地裁令和3・12・7など。